部活が終わった
汗だくになったTシャツを丸めて鞄に詰め込み
携帯を取り出して今からそちらに向かいますと一言メールを送る
今日もまた始まる
もう1人の私との戦いが
天満月
-2-
電車を乗り継いで着いたのは都内某所にある大企業のビル。
制服姿で彷徨くには場違いで、サラリーマンやOLなどから痛い視線が突き刺さる。
そんな視線はお構いなしとでも言うように、慣れた手つきでエレベーターのボタンを押し、最高階へと向かった。
重い無重力感を味わいながら、今まで結えていた髪を解く。
サラリと滑り落ちたその髪に、歪みなど全くなかった。
「遅かったわね」
目的の階に着いて扉が勢い良く開いたその時に発せられた言葉。
目線を上げて見てみると、にっこりという効果音が似合いすぎる程の笑みを浮かべている女性がいた。
そんな彼女と目を合わせようともせず、エレベーターから降りて真っ先に社長室へと足を運ぶ。
「イキナリ仕事入れてごめんなさいね」
特に感情という感情が込められていないワンテンポの声で謝られる。
別に気にしてない、と答えると嘘ばっかりと笑い声を零した。
「で。今日はどんな仕事なの?」
「・・・これを盗んで欲しいのよ」
どこから出したのかテーブルの上に一枚の写真を乗せる。
白く、淡く光り輝く宝石だった。
売り物みたいにカットされてなくて、原石のまま。
透き通るような淡白色がこれが本物だと無言で言い表しているようだった。
「月の雫。聞いたことはあるでしょう?」
「聞いたことだけはね」
滅多に拝めない宝石程度にしか頭にインプットされていないけど、噂は知ってる。
とても珍しい色で今までにこの宝石しか発掘されていない。
自然界から出てきた時から雫の形だったので、『月の雫』と言われている。
今やこの小さなものに賭けられる金額は兆を優に超えると言う、幻の宝石。
「今日本に来ているらしいわ。とある大富豪のコネにより」
「・・・それをやれ、と」
「お願いできるかしら?」
にっこり、とまたあの笑みを浮かべられたらもうおしまい。
どうせ拒否権はないんでしょう?
肯定の合図として本革のソファーに腰掛けると、小さい機械みたいなものを渡された。
「小型探知機よ。持っておきなさい」
「・・・そんなに信用ならない?」
「心配なのよ」
手のひらに転がして眺めていると、エレベーターのチン、と言う音が耳に入ってきた。
社員の人達は滅多に社長室へと近付かない。
なら社長の秘書の方かなぁなんて考えてみたけど、そういえば彼女は休暇中だった筈。
開けられる時を待って扉を凝視していると、やっぱりコンコンッとノックされた。
「入りなさい」
誰が入ってくるのか分かっているように許可を出す。
遠慮なんて知らないとでも言うように開けられた扉の先には、場違いそのものの金髪がいた。
「シゲも呼ばれてたの?」
「たった今呼んだのよ」
後ろから返された言葉からシゲが息を弾ませている理由が分かった。
多分送った内容は『至急来なさい』的な事が書かれていた筈。
それで命が惜しいばかりにシゲは走って来たんだ。
自分も同じ立場だったら同じ行動をしてたなと憐れみを含めて合掌した。
「今回は2人でやってもらうわ。狙う物が物だから捕まりかねないし」
そんなヘマしないと反論しようにも、目的は世界的に有名な物。
下手したら捕まる所じゃ済まないかも知れない。
世界を敵に回すのは気が引けるけど、仕事は選ばない主義だからやり遂げたい。
「それともう一つ。これから警察が動くそうよ」
「っちゅう事はどないすればええの?」
「いつも通りやってくれて構わないわ。小型探知機さえつけていてくれれば万が一の時があっても助けに行くから」
そんな無責任な言葉と共に分厚い書類を渡される。
何枚がめくってみると、建物の見取り図らしきものが書かれていた。
それと、警察官の行動スケジュール。
毎回毎回どこから手に入れてくるのか不思議なものだ。
「それを使って計画でも立てなさい」
そう言われて社長室から追い出されると、必然的にシゲと2人になった。
社長室の隣にあるミーティング室に忍び込んで、今日実行する計画の話へと移る。
「・・・どうする?」
「どないしたもんかなー」
紙に印刷された地図を眺めてみても、弱点という弱点は見付からない。
世界的に有名なものだから警備は厳重にされてるのは重々承知だけど。
この警備員1000人体制はどうかと思う。
ハッキリ言って金の無駄だって。
どんなにいても盗られる時は盗られちゃうんだから。
「・・・ジャンケンしよか」
「何イキナリ」
「いくでー。じゃーんけーんほいっ」
・・・負けた。
なんかイキナリジャンケンし始めた人に負けちゃったよ畜生。
横を向いてみると、鼻歌混じりの何故か機嫌のいいシゲがいた。
「なにそんなに楽しそうなの」
「に何してもらおかな、思て♪」
私何かやらないかんとですか。
シゲの遊びに付き合ってあげている私は、シゲがその『何か』を言い出すまで待った。
まぁシゲの事だからとんでもない事言ってきそうで内心ビクビクもんなんだけど。
「今回の仕事、1人で盗ってくるっちゅうのはどや?」
「・・・組んだ意味ないじゃん」
「心配せんでええ!俺が外からどないな状況か教えたるから」
これに決めたと勝手に決められたその計画は、とても巧く行くとはお世辞にも言えないものだった。
「まずが普通の客として『月の雫』を見に行く。
そん時に赤外線だけでも切っとけばええねんけど。
…まぁそれは俺がやっとくさかい石のリーダーだけでも消しといてくれればええわ。
後は夜にが忍び込んでパチってくればおしまい。どや?この作戦」
「…シゲ真面目に考える気ある?」
「バレてもた?実はないねん」
ただいまの時間6時半過ぎ。
こんな時間にまだ展示が行われている筈がない。
もう日が傾いていて、建物全体が赤く染まっている。
朱色に染まった街は私達を急かすように、急ぎ足で沈んでいた。
「まぁ…いつも通りにやれば良いんでしょ?後ろはシゲに任せるとして私は盗みだけに集中すれば良いんだし」
「こないな事しとると常識っちゅうもんがなくなってくる気ぃすんねんけど」
私の発言を真剣に悩んでいるフリをしながら聞いているシゲ。
確かに日常的会話で「盗み」とか「小型探知機」が出てくるのは常識外かも。
でもね。
「仕方がないよ。―――――仕事だもん」
私達に課せられた罪なんだから。