数々の難事件を解いてきた人達に与えられる称号
それが「特別警官」
年齢は問わず、何かに秀でている事だけが条件
在籍42名
内学生―――――36名























天満月

-3-





















「ねぇ・・・なんでみんながいる訳?」



本部に入って最初に目にしたのは見知った人々だった。
大体が同じ学校で、今日顔を合わせた人も少なくない。
別に部外者がいる訳じゃないからそんなに気にしないにしてもただ1つの事件にこんなにも集まるのは初めてだった。



「何、あんた達も呼ばれたの?」
「これでウチの学校の奴等全員揃ったんじゃね?」
「椎名・・・それに黒川」



辺りを見回してみると、確かに同じ学校の人達は全員揃っていた。
多分後の6人は来ないだろうから、これで全部。

36人も呼んで一体なんの事件関連なんだろうと更に疑問は強くなった。


奥の部屋から本部の長官、榊さんが書類を片手に入ってくる。
それを合図に皆は榊さんの方へと向き、沈黙を落とした。
この大所帯にこの沈黙は重かった。



「今回お前達を集めたのは他でもない、事件の為だ。42名の特別警官全員を使っての作業となる」



その一言で一瞬ざわめきが起きたが、理由を聴くためすぐに静かになった。
前代未聞の全員参加。
滅多に使われない後の6人も捜査に参加するらしい。
その犯人とは一体誰なのか。
・・・多分この部屋にいる誰もが知りたいと思っているに違いない。



「凄腕怪盗、怪盗天狼―――――聞いたことはあるだろう」



張り詰めた空気が部屋を支配した。
特に目を付けている訳でもなかった1人が今や警察を脅かしている。
とてもではないが信じられない事だった。



「今回天狼が狙う物は『月の雫』だ」



榊さんはにんまりと唇に笑みを乗せて不敵に微笑んだ。



「今回は捕獲が目的ではない。何でも良い・・・情報を集めて来い!」



解散、と言う叫びと共に榊さんはまた奥の方へと消えて行った。

残された俺達はただ騒ぎ立てるだけで、今日訪れる筈の怪盗の話題を中心にただ話し合っていた。
そういえば何も知らない。

犯人の顔、名前、性別、性格。

そんな相手に勝てる筈がないと榊さんは言いたいのだろうか。
だから先に情報を集めて決定的になってから捕まえろとでも?


榊さんが残していった書類に目を通しながら必要事項を頭に入れていく。
だんだんと減っていく人数から、もう行動に出ている人達がいる事は明らかだった。



「怪盗天狼ったってただの盗人だろ?」
「『月の雫』狙ってるったって盗らなきゃ意味ねぇしよ」



桜庭ら辺が文句を言ってるのが遠いながらも聴こえた。
その言葉に反応して結人達を見てみると、笑いを堪えているような、見下しているような笑みをうっすらと浮かべていた。

どうやら3人共考えているのは同じみたいだ。



「行ってみますか」
「当たり前。行かなくてどうするの」



こんな面白い事黙って見てる訳にはいかないでしょ。
今時怪盗なんて滅多にいるもんじゃない。
ますます正体が知りたくなった。



「とりあえず『月の雫』が保管されてる筈の富岡コーポレーションにでも行ってみるか」
「そこで何か訊けたら儲けもんだしな」
「・・・2人共騒がないでよ」



そんなにガキじゃねぇよ!と反論する結人を完全に無視しながら目的地へと向かった。










本部からそう遠くはない距離。
富岡コーポレーションとでかでかと掲げられている建物が目に入った。
警備体制は強化され、入り口では報道陣が犇めき合っている。
その中に飲み込まれて行った俺達はその数に圧倒された。



「・・・俺、人で酔いそうなんだけど」
「俺も・・・」



確かにこの大人数の中に紛れていると人に酔いそうになる。
周りを一瞥してみても、特にそれと言った怪しい人はいなかった。
警察庁は一体何を考えているのやら。
これほどの大人数を集めた事に内心拍手を送りながら、それほどまでに馬鹿だったかと溜息を吐いた。

警官が多い・・・つまり紛れ込みやすいとも言う。



「今日現れるんだよな?」
「そう予告してきたらしいけどね」



実際来ないとかはないとは思うけど本人かどうかは疑ってみた方が良いかも知れない。
怪盗天狼の情報は誰も知らないなら他の人がそれに扮しても分からない。
この騒ぎの当人が現れるのは7時。
それまで後20分程あるから何か対策を取る事が出来るかも知れない。



「こんな処で待ってるのもなんだし・・・中、入ってようか」



それを聴いた結人は賛成ーと言ってはしゃぎだした。
だから騒ぐなって釘さしといたのに。



人混みを掻き分けてビルの入り口まで行くと、やっと目の前がすんなり見えるようになった。
ほとんど顔パスで建物へと足を踏み入れると、とんでもない処に来てしまったのではないかと当然の事ながら疑問に思った。

真上には光り輝くシャンデリア。
目の前には赤い絨毯が当然の事のように敷かれていて、受付へとつながっている。
その上建物の至る所に銃を構えた警備員が突っ立っていて。
ここは本当に仕事をする為の会社なのかと受付嬢に訊きたいくらいだった。



「なぁ、英士。こんなに広かったら怪盗なんて来ても分かんなくねぇか?」



結人が意外に鋭いことに気付いた。
建物が広けば広い程、犯人の目星が付けにくくなる。
それに比例して盗まれる確率も増えると言えるけど。
こんなに裕福なら宝石1つくらい無くなってもどうにかなりそうなものだけどね。



「一馬小型カメラ持って来た?」
「お・・・おう」
「『月の雫』が入ってる箱にでも取り付けてきて」



英士が指揮を取って一馬を『月の雫』へと向かわせる。
次は俺かなーなんて暢気に考えていると、案の定声を掛けられた。
実は俺・・・何も持ってきてないんだけど大丈夫かなぁ?



「結人は警備員の人に『月の雫』にあまり近付くなって伝えて」
「おっしゃ!」
「後目立つ行動はなるべく避けること」
「・・・了解ー」



なんか偉そうなおっさんの元へと走って行くと、そいつが敬礼して俺が来るのを待ってた。
流石特別警官という肩書きがあるだけある。

その人に英士が言っていた事を簡潔に述べるとすぐに下っ端の奴へと渡っていった。


『月の雫』へと走って行った一馬の様子を見に行こうとしたら、ちょうど終わったのか鉢合わせした。
苦労したみたいで、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。



「英士のとこ戻ろうぜ」
「今頃遅い!って怒ってたりしてな」



ざわついている人々を後目に英士の方へと歩いていると、こっちに気付いたかのように近寄ってきた。



「2人共遅かったね」
「・・・ちょっとなー♪」



まさかこのビルの中で迷ったなんて死んでも言えねぇ・・・。

多数の監視の下、どうやって『月の雫』を盗むのだろうと思いに耽っていたら、7時になったぞ!と言う悲鳴に似た叫び声が聴こえた。
それに反応して3人合図しあうと、注意を四方に散らばせる。
10秒程経った頃、上の方から物音がした。

本当に小さかったから反応出来たのは俺だけだったかも知れないけど、そこには黒い布をはためかせている「誰か」がいた。



『・・・お待たせ』



声が聴こえた訳でもないのにその「誰か」の言葉がしっかりと俺の耳へと入ってきた。
何故かは分からない。
そのままそいつは微笑んだかと思うと瞬時に照明が消え、ざわついた声だけが耳に残った。