誕生日おめでとうって言うだけで
今日という1日が終わってしまうのが嫌なんだ
Present
いつも通りの朝
―――――でもどこかが違う。
起きてすぐは今日と言う特別な日に気が付かなかった。
ご飯を食べたり、用意をしたりとしてる間にやっと大事な事に気が付いた。
今日は自分の片思いの相手―――――吉田くんの誕生日だってコト。
「誕プレ・・・買ってないや」
歯を磨きながら青ざめていく己の思考を悔やんだ。
なんでこんな大事な事忘れてたんだろう。
そう頭の中で繰り返されると、後悔の念は尽きることなく流れてくる。
もしかしたら近付けたかも知れないのにと望みの薄いものに無駄に賭けている自分がいた。
登校時間になって見慣れた道を歩き進んでいるときゃあきゃあ騒ぐ女子の大群に逢った。
話してる内容はやっぱり誕生日プレゼントに関して。
クッキー焼いたけど食べてくれるかなぁ、とか奮発して高い物買っちゃったとか。
そんな彼女達を無視して正門まで早足に行くと、何やら人だかりが出来ていた。
それが何かの見当もつかず一瞥して通り過ぎようとしたけど、自分の名を呼ばれそこに踏みとどまった。
誰に呼ばれたかなんてその時は気にしてなかった。
「さん一緒に行かへん?」
息を切らしてその輪から出て来たその人に声を掛けられた。
誰かと振り返って暫し硬直。
まさか吉田くんだなんて思ってもみなかった私にとって真っ先に緊張が心臓へと伝達された。
ドクドク鳴っている心臓を右手で抑え、首を上下に思いっ切り振る。
「ほな行こか」
またなーとかその大群に言いながら下駄箱へと足を進めた。
そんな中私はもう心臓が破裂する瞬間とでもいうような心境で、話し掛けられるまで俯いたままだった。
「ゴメン、な。わざわざ引き止めてしもうて」
そんな心にもない事を言われて否定を表すにはどうすれば良いのか迷った。
迷惑とか全くそんな事はないし、寧ろ引き止めてくれて有難うとお礼を言いたいくらいなのに。
下駄箱に着くと吉田くんの顔が微かに引きつった。
ほんの一瞬、気づかれないように取った行動にどこか違和感を覚えた。
誰にでも・・・何があっても笑顔が基本とでも言うような吉田があんな顔をするなんて。
「吉田くん・・・?」
「何でもないよって。さっさと上行かんと遅れてまう」
そう繕ったような笑みで答えると、下駄箱を開けた。
それと同時に何かがなだれるようなズドドドという音。
・・・嫌な予感。
ふと下を見てみると大量の手紙から食べ物やらプレゼントやらが床に散らばっていた。
「今年も、やな」
「・・・ってコトは去年も?」
それらを拾いながら反射的に言った言葉に吉田くんは深く頷く。
鞄からお店で貰うような紙袋を取り出すと、ガサガサと突っ込むように全てを入れた。
誕生日でこれならバレンタインはどうなるんだろう・・・。
そんな考えが浮かんだけど、すぐさま脳内から消した。
多分・・・これの比じゃないだろうな。
「毎年毎年人の下駄箱に物突っ込んで何がオモロいねん」
はー・・・と溜息を吐くと、紙袋の中から1つ取り出した。
可愛いビニールにくるまれたクッキーが歩く度に上下に揺れる。
「それに食いもんなんか下駄箱に入れたら汚いやんか」
そんな愚痴を零す吉田くんに温かい笑みが零れた。
何だかんだ言っても吉田くんはプレゼントを全部持って帰る気なんだ。
しっかりと握られているプレゼントの入った紙袋を見て確信した。
やっぱり私も持って来れば良かった。
そう思うと後悔は募るもので、忘れていた自分が情けなくなる。
彼女達はちゃんと覚えていたと言うのに自分と来たら当日になってやっと思い出した。
こんな私に吉田くんにプレゼントをあげる資格なんてない。
教室の扉の目前になって自分がまだ吉田くんを祝ってないことに気が付いた。
遅い・・・なんで私はこう行動に移すのが遅いんだろう。
「吉田く・・・」
「ノリックー!早く早く!!」
同じクラスの女子3人組が吉田くんを教室へと押し込んだ。
なんと言うか・・・もう強引に。
1人ポツンと残された私は鞄を置きに自分の席へと向かった。
「おめでとう」はまた後で言う機会があるだろうから、今無理に言わなくても良いし。
そう考え直して友達の元へ行くと、今日の小テストの話で盛り上がった。
小テストは終わった。
気持ち悪い生物の実験も終わった。
ついでに言うと学校の授業も終わった。
なのに私はまだ吉田くんにあの一言を伝えてない。
「・・・良いの?」
言わなくて。
放課後になってまばらに散らばっていく人達に紛れて綾に腕を掴まれた。
綾は私の気持ちを私より先に察してくれたから些細な変化でも分かるんだと思う。
―――――吉田くんが好きだって気付かせてくれたのは綾だったから。
皆まで言われなくても分かってしまう、そんな自分が悲しかった。
「行きたいけど・・・何処にいるか分かんないし」
「中庭」
諦めを含んだ私の言葉にすぐさま答える綾。
その顔は優しげに微笑んでいて、涙でも出そうになった。
「吉田くん、隣のクラスの子に呼び出されて行ったって」
そんな微笑みを崩してデビスマを浮かべると、引っ張られて中庭の見える窓まで移動した。
真下には吉田くんと顔から火が出そうな程紅い、少女。
確か学年一可愛いとか少し前に騒がれてた気がする。
こんな場所で男女2人が何をしているかなんて明らかで、今すぐにでも外に出て行きたい気分になった。
「止めないけど?」
「・・・ありがと」
そんなに速くもない足で階段を駆け降りると、もうすぐと言う所で誰かにぶつかった。
謝るより先にそれが誰なのか確認すると、平常心ではいられなくなった。
その子は…さっき吉田くんに告白していた張本人だったから。
「ご、ゴメンね」
「私こそゴメン。前、見えてなくて」
そう言って弱々しく笑って見せる彼女の目には涙が溜まっていた。
駄目、だったのだろうか―――――学年一可愛い彼女でも。
重い絶望感とちょっとした期待感。
そんな複雑な気持ちを胸に中庭へと続く扉を大きく開けた。
「吉田くん!」
「どないしたん?そないに急いで」
体力がなくて扉の前で息を整えていると吉田くんが近寄って来てくれた。
言わなきゃ。
ちゃんと伝えなきゃ。
「お誕生日・・・おめでとうって、伝えたくて」
切れ切れになる言葉。
一息で言えなくて苦しかったけど、次くらいはちゃんと言いたい。
別に断られても全然構わない。
あの子でも無理だったのに自分が受け入れてもらえるとは思わないから。
「・・・それからね。ずっと前から・・・会った時から好きでした」
目を固く瞑って吉田くんの反応を待っていると、小さく笑う声が聴こえた。
顔を上げてみると、笑いを堪えているのが見て明らかになった。
「先に言われてもうたなー」
あはは、と今度は声を出して笑い出した。
そんな吉田くんについていけなくて放心状態になっていると、せやからなーと説明を付け加えてくれた。
「僕も、ずっと好きやってん。さんのコト」
にっこりと微笑まれれば最後。
恋と言う名の深い穴にどっぷりと浸かってしまった自分がいた。
おまけ
「あー・・・やっとくっついた」
窓枠に寄りかかりながら一部始終見ていた綾が呟く。
やはり仲人の役割をした身としては上手くいって欲しいと願ってしまう訳で。
微かに笑みを浮かべて2人の幸せを願った。
「もとから両思いだったのに・・・不器用な人達だコト」
ほとんど何も入っていない鞄を手を昇降口まで歩いていった。
2年前、クラスメイトだった彼に言われた一言を思い出しながら。
「さんに一目惚れしてもうたんやけど・・・手伝うてくれへん?」