君の恋、 私の愛
機械的な音がして人工的な風が吹くと、ぶるりと身震いがした。
今夏でしょ、なんでこんなに寒いのよ、と空いている手でブランケットを探し当てくるりと包まると少し起きかけていた頭はすぐに眠りの準備に入った。
二度寝が出来るって素晴らしい、そんな幸せに浸りつつ大きく息を吸い込む。
本来なら一瞬で眠りに堕ちるその動作も、いつもと違う変化に鼻が気付き、重い体を起こして何事かとまだ働かない脳を必死に動かした。
こぽこぽこぽ、と音がしたかと思うと鼻につくカフェインの匂い。
その瞬間いっきに目が覚めて、ブランケットをそのままにリビングへと続く扉を開けた。
「菜月、やっと起きたか。」
「起きてたんなら起こしてくれれば良いのに。」
今更私の部屋に入るのに遠慮するような仲じゃないでしょ、とダイニングテーブルに座りながら柾輝に問いかけてみる。
そんな私を一瞥し、低血圧のおまえを起こすなんて真似はしねぇよときり返された。
ああそう、自分の身が可愛い訳ね、そう皮肉を含ませて言うと当たり前だとまた返される。
うん、柾輝らしいわ。中学の時から野暮嫌いなんだよね・・・このおませさんが。
私のぶさ可愛い猫のカップを片手に柾輝が私の正面に座った。
「私の珈琲は?」
「自分の分くらい自分で持ってこい。」
「柾輝の意地悪。」
淹れてやったんだから、と最もなことを呟く柾輝にちぇ、と舌打ちをした。
せっかく座ったので立ち上がるのも面倒だと柾輝がカップをテーブルに置く頃を見計らって奪ってやった。
まだ淹れ立ての珈琲は温かい湯気を運んでくれ、クーラーで冷えた体を温めてくれた。
やっぱり柾輝の淹れる珈琲は格別。紅茶は私の方が美味しいけど。
残りの少なくなったカップを柾輝の元へ返し、その辺に置いてあったコンドルで髪を上げた。
「何か食べたいもんある?簡単なものなら作るけど。」
カレーとか言わないでよ、と釘をさすと朝から食うほど好きじゃねぇよとくつくつ笑う。
スポーツ選手の胃袋なんて分からないもの。
じゃあ何が良いの、とまた尋ねると悩むような動作をした後すぐに答えが返ってきた。
「久しぶりに和食が食いたいかも。手の込んだヤツ。」
「私簡単なものなら、って言わなかったっけ?」
「愛があるなら作ってくれるだろ?俺の彼女の菜月さんよ。」
「・・・アンタには負けるわ。」
柾輝に背を向けてキッチンへと足を伸ばす。
和食・・・和食・・・何があったっけ、そういえば鯵の開きがあったような、じゃあそれに味噌汁付ければいっかと自己解決。
御飯は昨日予約しといたから炊けているだろうし。
ああでも何か物足りない。冷蔵庫をひっくり返すかのように漁ると良いもの発見。
「んまそーな匂い。」
「柾輝重い。肩こるから体重掛けないで。私を潰す気?」
「んな簡単に潰れるタマかよ。」
そんなことを言いつつ肩からするりと腕が離れる。
聞き分けが良いのね、と聞こえるかどうかの小声で呟くと、いつまで子供扱いする訳?とちょっと不機嫌そうな声。
「4つしか違わねぇだろ」
「4つも違うのよ」
自分よりも幾分か高い肩を軽く叩き、座っておくように促す。
4つ違えば価値観も変わるわ。それに悔しいのよ。
同い年だったらもっと長くいれたかも知れないのに、もっと早く知り合えたかも知れないのに。
小さく溜息を吐くと出来上がったばかりの御飯を机へと運んだ。
沈黙。そんな言葉がぴったりな食卓。食べてるときは楽しく騒がしく和気藹々とが口癖の私にとってこれはとても耐え難い。
何か話題はないものかと箸をくわえながら唸っていると、御馳走様と言って立ち上がる柾輝。
うーん、居心地が悪い。
茶碗を片付けて、麦茶と共にリビングに移動する。
つまらないバラエティー番組ばかり、見ようなんて気は全くおきない。
ソファーに全体重を預け、適当なチャンネルでリモコンを放り投げた。
背後でギシ、と軋む音がしたかと思うと、長い手が伸びてくる。
「・・・どうしたの、柾輝。」
返事はなくて、代わりに頭に顔が押し付けられた。
いや乗っけられたと言うべきかな。
ソファーの横をポンポンと叩いてみたけれど、首に腕が回されるだけだった。
「菜月は俺のこと子供だと思ってんの?」
まさか。17歳のカッコイイ彼氏さんを子供と思う訳がないでしょう。
そう口に出すとじゃあ、とまた続ける。
「俺のこと姉弟みたいに思ってる?」
ほんと鋭い。でもね、あなたは全然分かってない。
とりあえず肯定の返事を返すと腕の力が強くなった。
鋭い、でも鈍感。まだ私の気持ちが解らない?
「姉弟愛ってね、永遠なの。愛そのものは形を変えていくけど、一生なくならない愛・・・それが姉弟愛なの。」
私の考えではね、と口には出さずに付け足す。柾輝も同じ考えだとは思うけど。
ちょっと遠回り、でもちゃんと私の気持ちは伝えた。
「それはプロポーズとして取って良いってことか?菜月サン」
「言ったでしょ?私の方が4つ年上って。」
天井を見上げるように柾輝を見上げて、にっこりと微笑んでみせる。
「普通は男からだろ。」
「普通なんかにこだわってちゃやっていけないよ、お兄さん。」
「立場ねぇの。」
喉を鳴らして軽く笑う。
その代わり、さ。一旦区切って左手を掲げ薬指を見つめる。
「柾輝の誕生日に、指輪ちょうだい。」
柾輝の様子を伺うように振り向くと、コツンとおでこをぶつけた。
ずっと、待ってた。
「・・・・・・喜んで。」
Thanks to :
空に咲く花